りんごじゃないかもしれない

先日横浜の元町に行ったとき、老舗の洋食器店のショウウィンドウの一点に目が留まった。りんごがある。でももしかしたら違うかもしれない。店員氏曰く、ノリタケ 1967年製ボーンチャイナの蓋物だという。

かわいいとしか言いようがない。
焼き物の蓋物というのは、焼くと縮む関係で非常に難しいのだが、完璧にチリが合っているのも素晴らしい。

なによりこの果梗かこうの表現が最高すぎる。断面は同円心状に刷毛を滑らせ、上下のグラデーションは生木と朽木の移ろいを見事に表している。

言ってみればこのような作品は「遊び」なのだが、私はこういう遊び心あるものに無性に惹かれる。思えば自分自身が幼い頃から作ってきたものはどれもどこか遊び心あるものが多かったように思う。ただ作るのではなく、楽しむ。楽しいことを表現する。まったく意識していなかったことだが、それが自分の根幹にあるのかもしれないとこのりんごを眺めていて思った。
まったく予定にない買い物だったがお迎えすることにした。

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なお、お店ではオールドノリタケと紹介されていたが、戦後のものもオールドノリタケと呼んで構わないのだろうか?(追記:後日お店の方から教えていただいた。厳密には「プレミアムノリタケ」と呼ばれるジャンルになるとのこと) 高台こうだいも綺麗なことから、以前の持ち主は使わずに飾っていたのではとのことだった。私は貴重なものも普段使いする派なので早速お菓子などを入れてテーブルで普通に使っている。大きさもちょうど良い。

廻る林檎を眺めるだけの動画 from Non on Vimeo.

りんごかもしれないが、もしかしたらノリタケかもしれない。

この真っ赤ではない、朱色に近い赤は自宅で見るととても馴染んでいる。真っ赤だったら浮いてしまうかもしれないが、お店で見た印象よりとても自然に見える。そういえば香蘭社にも独特な赤で有名な赤繪町工房の器があるが、あの赤も部屋の中だと非常に「馴染む赤」だ(長皿をペントレーとして使っている)。

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